水中運動・アクアビクス
ドイツでは温泉(バーデン・Baden、Badにはプール・お風呂という意味もあります)での療養が一般化しています。有名なバーデンバーデンは温泉療養と避暑を兼ねた観光地でもあります。その他、温泉(Baden)と名の付く地名や駅名も数多く見られます。そこでは温泉水のプール・サウナ施設(クーアハウス・Kurhaus)を中心として、病院やサナトリウム・薬局・マッサージ治療院・長期滞在者のための宿泊施設が集まっていて、保険を利用しての治療が出来るようになっています。
日本でもプールでの運動は盛んに行われ、実際に運動をされている方もたくさんいらっしゃいます。
ドイツの「Wassergymnastik」という本を参考に水中運動の細部を解説します。
水という環境
水中運動・アクアビクスなどは浮力を利用し、腰痛や関節症などの運動器疾患を持っている方には良い運動方法であるのは御存じの通りです。水の特性を理解して運動を行うと更に効果的です。このシリーズでは水の特性についてお話します。
浮力と抵抗:
痩せて筋肉質の人と脂肪組織の多い太った人では比重が違う為、筋肉質の人は浮かびにくく太った人は浮きやすくなっています。また年齢とともに筋肉量や骨量が減少するので、高齢者は比較的比重が軽くなっています。また、肺の中に残存する空気量によっても浮力は違ってきます。肺の疾患をお持ちの方は肺の柔軟性が低いため、残留する空気量が多い場合もあり浮力があります。浮力は一時的な見かけ上の体重の軽減をもたらすので、背骨の構造や機能・下肢の関節に問題のある方、体重オーバーの方、妊婦にとっては非常な助けとなります。水の浮力は体のリラックスにも用いられ、肉体的だけでなく精神的にも緊張緩和に役立ちます。また浮力に逆らって運動することで運動抵抗となり、筋力強化にも役立っています。水自体も運動抵抗として使われていて、速い運動はゆっくりの運動よりも大きな抵抗を受けます。同じく手の平を広げて水をかく場合と、拳を握ったまま水をかく場合でも受ける抵抗が違って来ますし、上半身を水上に出して運動した場合と首から下が全部水中に入っている場合とでも抵抗の度合いは違います。運動の速さや抵抗面の大きさを変化させて、目的に合った無理のない強化をすることが大切であり、その様な水の特性を理解して運動することも重要です。
水圧:
水中運動では水圧により体が影響を受けます。もちろん水深などで変わってきますが、水圧のために体の周径は減少します。胸の部分で1~3㎝程、腹部で2.5~6cm程とも言われています。末梢の静脈は水圧により圧迫されるので血液は心臓へ多く戻され、心臓と肺の負荷が増えることになります。このため心臓は輸送量を増やすために活動を増すので、心臓に問題のある人には注意が必要となります。特に温水では血管は更に拡張しようとし、暖かいプールから出た時に血圧の下降が急激に起こり、倒れることもあるので気を付けなければなりません。リンパの流れが滞ってむくみがある場合には、水圧はこの滞りを解消するのに有効です。また水中運動を加えることで、静脈血が心臓に戻る作用を強化する事も出来ます。水圧は体の表面に近い部分にある静脈だけでなく、深い部分を走る静脈にも作用し、循環を促進し新陳代謝も活発にします。横隔膜にも影響して呼吸を促進します。水圧は空気を吐き出す呼気を手助けし、吸い込もうとする吸気に対しては抵抗として作用します。そのため水中運動を加えることで呼吸を補助する筋肉群が強化されるのです。
水温:
周囲の温度環境の変化に対応して、人は脳や皮膚の温度センサーにより体温を一定に保とうと反応します。周囲の環境温度が上昇し体温も上昇すると、陸上では汗をかいてその蒸発によって体を冷やすことが出来ます。水中ではこの発汗と蒸発によるクールダウンが行われないので、皮膚での血液循環を多くして対流によって熱を放出しようとします。反対に周囲の環境温度が低ければ、体は熱を逃がすまいとして皮膚での血液循環を低く抑え、熱の喪失を押さえようとします。
環境温度が人体より高い場合は、体の深部の温度と皮膚表面の温度の差はほとんどありませんが、低い場合は末梢の部分と体の深部(芯)の部分には大きな温度差が出来ます。ですから、温水中では新陳代謝とエネルギー交換が高められ、心拍数は増加し、結合組織と筋肉の柔軟性が高められるなどの作用があります。低水温では毛嚢腺の収縮と筋肉の緊張性の増加が起こり、体温を逃がさないために皮膚の血液循環の減少が起こります。体温の低下を防ぐためには運動を活発に行う事で熱産生を増加させる必要があります。この運動による体温調節が十分でない場合には震えが起きます。震えは筋肉の収縮増加をもたらし熱を産生しますが、一方で皮膚の血液循環も増加させるので、熱の放出も増加してしまう効率の悪い温度調節法でもあります。水中運動を行う場合、特に心臓に問題を抱える方や腺機能亢進症の方の場合には、水温にも注意を払う必要があります。
体の反応
人体の体温を調節するための温度センサーの内、いくつかの温度センサーは間脳に存在する温度調節中枢に見られ、脳のこの部分を通る血液の温度が体の中核部の温度として計測されます。皮膚にある温冷郭覚センサーは求心性の経路を経由して温度調節中枢(視床)へ伝達され、温度調節中枢からは促進または抑制反射が心臓及び血液循環器に送られ環境条件に適合するようにされます。
皮膚の平均温度を下回る環境温度の時には、体は熱を奪われないように血液の流れは抑えられ、皮膚表面で行われる血管による熱の伝導は対流を通して体表面からゆっくりと放出されます。
逆に環境温度が皮膚の平均温度よりも高い場合、可能な限り多くの血液を流し、熱を皮膚表面で放出するために、皮膚での血液流動を高めるため血管が最大に拡張します。水中では皮膚表面から汗の蒸発による体温低下が望めないため、温水ではこの血流の上昇で体温を調節しようとします。
つまり、低温水では皮膚の血流は低下し、温水では皮膚の血流は著しく多くなります。
この反応のために、
温泉などの温水中では起きる現象は以下のようになるとされています。
○新陳代謝とエネルギー交換が高められる
○組織におけるヘモグロビンによる酸素放出が増加する
○酵素活性を刺激する
○心拍数を増加させる
○機能低下した腺の機能向上とホルモン生成増加の抑制(甲状腺機能亢進症を調整する)
○結合組織と筋肉の柔軟性を増加させる
○筋トーヌスを低くし、交感神経系のトーヌスは低くなる
○胃や腸の消化を正常化する
低水温では異なるメカニズムが働きます。
毛嚢腺(立毛・鳥肌)の収縮と骨格筋の静的トーヌスの上昇を生じます。筋肉活動時に分解された栄養物質を熱に交換するため活発な運動が必要となります。。この調節工程が不十分ならば“震え”が生じます。残念ながら震えている間は皮膚の血流は増加し、それにより周囲への熱の放出も増加してしまうという効率の悪い温度調節時の対処法となってしまいます。
もう1つの温度対処法は脂肪組織で行われる代謝の増加による熱産生です。
また、長時間、絶え間なく筋肉を動かすと、摩擦と筋肉での代謝によって外部に運び出さなければならない多くの熱が生じますが、水中では皮膚からの汗の蒸発による冷却が不可能なため、対流でしか行う事が出来ません。血流量が十分でないと血流に差異が生じ、体の一部での血流が多少とも強化されます。ある1つの皮膚領域で血液灌流が増加すると、その下にある筋肉の血流は低下することになります。皮膚・内臓器・筋肉は互いに関連し合っているということです。
これら温度刺激に対する体の反応に関して体格と体表面は非常に重要な要素であり、背の高い細身の人は体の体積に比較して大きな表面積を持っている為、小さく太った人よりも温度差に対して著しく反応するとされています。温水では体積の割に比較的大きな表面積を有しているため、四肢(手と足)ではそのことが有利に働くとされています。
このような温度調節は以下の要素によって決定されます。
○皮下脂肪の厚さ
○体の体積の表面積に対する比率
○栄養摂取の状態
○運動器官の機能の様子
○血液循環の状況
○皮膚の状態
アクアトレーニングでは水温という環境によって体にどのような違いが生まれるかを理解しておく必要があります。