複合的理学療法

リンパ浮腫の臨床1


段階・ステージ
 
一般的にリンパ浮腫の病態は 3段階(期・ステージ)「Studium(D)/stage(B)」に分けられています。
標準的には、
第一段階:挙上により回復可能。目視できる柔らかい浮腫。
急速回復可能「spontanreveraibel (D) / reverse spontaneously(B)」
第二段階:挙上によっても回復しない。「spontan-irreversibel(D) 」線維化を伴う組織増殖と皮膚変性の頻発。急速回復は見込めない。浮腫に対する治療が必要。線維化が見られる場合でも皮膚変性を減じることが出来る。痛みは無い。ステマサイン陽性。複合的理学療法で浮腫の減量と線維症の柔軟化が可能。
第三段階:象皮症。リンパ管や静脈・動脈も侵襲することがある。線維症・硬化症の拡大。重篤な皮膚変性がある。免疫防御の低下により、爪と趾への菌の感染に至る場合がある。神経に対する圧迫損傷による痛みが生ずることがある。最も重篤な皮膚変性の可能性があり、全く同様に脂肪組織が増加する。」
となります。
その上に Pritschowは第一段階をⅠ aとⅠ bに細分しています。
「Ⅰ aはリンパ管症・リンパ管障害「 Lymphangiopathie(D)/ lymph angiopathy(B)」検査での所見は見られない。リンパ管の機能低下が示されることがあるが、未だ不全ではない。いわば、浮腫となるおそれのあるリンパ管症に相当する。
bでは臨床的に陥凹が残る浮腫が見られるが、二次性の組織変性の兆候があるも確定的ではない。この状態はリンパ浮腫に見られるが、純粋なリンパ管症にも見られ、浮腫を伴う様々な疾患や外傷、自律神経反射性ジストロフィー(異栄養症)( Sudeck)、 PCP(ニューモシスチスカリニ肺炎)などの自己免疫疾患、乾癬の場合などでの急性のリンパ系機器官の障害からも発現する。併発して発現するこの浮腫は、短期的なうっ滞であり、二次性組織変性をもたらすことは少ない。」と述べています。第二段階、第三段階は一般的な定義と同じで、第二段階では細胞、皮膚、結合組織、脂肪、管などの組織増殖の増大が特徴であり、具体的に皮膚のシワが深くなり、爪の成長が阻害されることを述べています。
Földiは一般的な3つの段階の前に潜在(ゼロ)段階という非顕在化状態の浮腫を指摘しています。「慢性リンパ浮腫がゼロ段階の後に発症することから、無症候性のリンパ浮腫」に相当する。リンパ節群廓清後に発症するリンパ浮腫は機能的予備が低下していても正常なリンパに対する輸送能力は充分である状態。リンパ管形成不全の状態に同じで、更に輸送能力が低下すると、正常なリンパ性負荷量を下回り、単純性に、そしてその後間欠的に浮腫が発現するとしています。Wittlingerも「subclinical lymphedema」として潜在・潜伏期「latent stage」を英語版の中で追記しています。



浮腫の概念
 
Pritschowに従えば、「浮腫とは病的な液体の集積が細胞内(細胞性浮腫)または細胞間(細胞外浮腫または間質性浮腫)に生じたもので、問題として取り扱う浮腫の概念は、間質性つまり細胞外浮腫を指すもの」で、「浮腫とは視認でき、触れる事のできる間質における液体の集積である。浮腫の所見及び浮腫の既往症は多くの場合、それら浮腫症状を伴う特定の疾患があると考えられる。間質の液体が増加する浮腫自体は疾病とは見なされないが、様々な疾患の症状として発現するため、心不全・腎不全・肝臓疾患・ホルモン性疾患など浮腫を伴うことのある数多くの内科的疾患を知る必要がある。一側性の四肢の浮腫の場合、数多の内科的疾患は浮腫の原因から除外される」とされます。
つまり、浮腫は間質に液体が集積されたもので、内科的疾患に伴う症状・症候の浮腫を知っておくことが大切であり、一側性に生じる浮腫はリンパ管系が原因で起こるものとして内科的疾患とは区別されます。複合的理学療法は内科的疾患でない浮腫に対して行われるものです。
リンパ管システムの役割は、
1)内因性及び外因性に生じた間質蛋白体の還流
2)Starling均衡阻害時の間質水分負荷の補正
3)蓄えられ、無毒化された毒性物質及び感染性物質の領域リンパ節内での処理
4)抗原提示を行う領域リンパ節へ間質からの蛋白輸送をすることによる免疫の仲介
です。( Pritschow
1)2)はリンパの還流に関することで、リンパ管システムはリンパ系負荷の増加に対して、リンパ管分節の収縮頻度の上昇によって時間当たりのリンパ流量を増加させて対応しますが、この対応が充分でない状態がリンパ浮腫と言えます。これに対処するのが複合的理学療法です。
3)、4)は免疫に関することで、感染性物質等の毒素を間質から排出し、それをリンパ節で濾過し処理する特殊免疫の役割です。抗原提示が行われる領域リンパ節へ間質から蛋白輸送をすることで免疫性の仲介を行い、生体は数多の病原に対する免疫性を獲得しています。この役割は浮腫と直接的に関係するものでは無いといえます。とはいえ、侵入した外因性の蛋白体の輸送によって惹起される免疫メカニズムが、浮腫という組織のリンパ排液の阻害によって局所的な免疫機能低下をもたらすこともあります。免疫的防御が弱まり、浮腫部位のリンパうっ滞性皮膚変性の存在が起因となって、リンパ浮腫で最も多い併発症である連鎖球菌の感染症・炎症(丹毒、「Erysipel(D),erysipelas(B)」)の要因ともなります。



浮腫の分類
 
リンパ浮腫のステージ・段階は重篤度を示していますが、原因などにより分類されることもあります。Wittlingerから引用すれば、
1)一次性(原発性) / 二次性(続発性) リンパ浮腫
2)悪性  / 良性  リンパ浮腫
3)早発リンパ浮腫 - 最初の浮腫の顕在化が35歳以前
4)遅発リンパ浮腫 - 最初の浮腫の顕在化が35歳以後
5)炎症による浮腫  例えば丹毒
6)フィラリア感染によるリンパ浮腫 :線虫類の感染・フィラリア抗原に対するアレルギー性組織反応があり、リンパ管とリンパ節の変性をもたらす。
7)他の疾患と関係するリンパ浮腫
を挙げています。3、4は治療に直接に関係するものではありませんし、5のような炎症の際にはマッサージなどの治療は行えません。6、7のように他の疾患と関係するものは医師の治療領域です。
 
Pritschowは1)、2)は同じですが、
3)単純性(純粋)リンパ浮腫 / 他の疾患と複合しているリンパ浮腫
にしています。Wittlingerの5以降を「複合しているリンパ浮腫」としてひとまとめにしていて、一次性の中に3,4を含めて3つに分類しています。
 
 一次性・原発性リンパ浮腫「Primäres Lymphödem(D) /Primary Lymphedema(B)」:
輸送能力の低下を伴うリンパ管システムの減形成・発育不全「Unterentwicklung(D) / Underdevelopment(B)」と異形成・形成異常「Fehlentwicklung(D) / dysprasia(B)」の一方または両方に起因するもの(Pritschow)、リンパ管・リンパ節の発達障害「Entwicklungstörung(D) / developmental disorder(B)」(Wittlinger)です。つまり、解剖学的には、管の形成不全により口径の小さすぎるリンパ管やリンパ管ネットワークが過少である場合、不完全なリンパ管の過形成の場合が挙げられます。過形成ではリンパ管の多くは、拡張や短絡や弁の不完全な形成という点で異形であるため、輸送能力の増強とはなりません。「リンパ管の完全な無形性は生命として誕生することはないが、局所的な無形性は生れ出る可能性がある。原発性リンパ浮腫は時に、体の他の形成障害も併せ持っていることがある(心臓奇形、血管奇形、骨格奇形)」「一次性リンパ浮腫の10%は家族性のもので、90%は特発性である」(Pritschow)とも述べられています。一次性リンパ浮腫は既に誕生時に浮腫の素地が存在していたが、浮腫発生時点まではその脆弱性が顕在化していないため認識されていなかったと考えられます。
 
 二次性・続発性リンパ浮腫「Sekundäres Lymphödem(D) /secondary Lymphedema(B)」:
原因が明確である浮腫です。原因としては、
1)手術
2)放射線照射
3)菌類、バクテリア、寄生生物、ウイルス、バクテリアによる感染後のリンパ管症
4)外傷
5)悪性腫瘍の成長と輸送リンパ路への転移(悪性リンパ腫)
6)人工的、自傷行為
7)慢性的炎症
が挙げられます。
上記のように悪性リンパ腫や炎症・感染症なども二次性・続発性リンパ浮腫に含むことが出来ます。



浮腫の病態1
 
続発性・二次性リンパ浮腫では腫瘍の手術と放射線治療の一方または両方が発生の大きな原因であることは疑いなく、腫瘍の転移が関係していない限りは良性と判断されます。発生時期に関しては、手術直後から 30年経過後など様々ですが、 2年以内に発症する頻度が高いといえます。これは「手術の結果、直接的に相応のリンパ排液障害が起きていると考えられる。 46週間以内に創傷治癒が進み、浮腫を防ぐために十分な側副管が作られる。この時点から、未だ排液障害の無いリンパ管症(不全・障害)と定義される。いずれにせよ、機能的予備が損なわれている事は確かである。」( Pritschow)ことから発症するものと考えられます。特に鼡径リンパ節群へのダメージでは「ヘルニア切開術、静脈瘤切除、リンパ節切除など、リンパ障害のある鼡径領域への手術や診断のための検査でも、時折続発性リンパ浮腫が見られる。」としており、「冠状動脈血管造影の術後出血のため余儀なくされた手術により、続発性リンパ浮腫を発症した患者」の例もあることが示されています。
 
リンパの逆流
リンパ液の流れる方向は備わっている弁によって定められていますが、弁が毀損されているなどの状態により逆流(Reflux)が生じ、末梢部のリンパ液が上肢・下肢・手掌・足部のリンパ嚢胞や廔から溢出することがあります。溢出するのが透明なリンパ液である場合と、脂肪を含んだリンパ液(乳び)の場合があります。乳びの漏出は重篤なリンパ管障害であり、腹腔・心嚢・胸膜腔などにも起こることがあります。「フィラリアなどの感染症の拡大は、様々な器官、特に生殖器にリンパ廔や乳ビ漏の形成を伴った重大なリンパシステム障害をもたらすことがある。」(Pritschow)としています。これら病態はFöldiの「リンパ学」「Lehrbuch der Lymphologie(D)」に詳細に記載されています。
「リンパうっ滞性腸疾患」についてPritschowの記述を示します。「リンパ鬱滞性腸疾患は腸のリンパ浮腫であり、腸リンパ管の奇形が原因である。この浮腫は腸粘膜に吸収不良を伴った機能不全をもたらす。臨床症状は下痢及び様々な栄養素、特にタンパク質と鉄分などの吸収障害である。腸の続発性リンパ浮腫はクローン病(Morbus Crohn)、大腸炎(Colitis)、旅行者下痢症(TBC)、その他これに類似する疾患などの慢性の腸の炎症が知られている。全般的な浮腫と、特に腹水(腹腔への水分の集積)が生じる事のある蛋白質吸収障害と同様に、下痢も蛋白質欠乏症をもたらす。全般的なむくみによって必然的にリンパ浮腫も増強される。」
このようなリンパ浮腫の形態への理解も求められます。
 
痛み
一般的なリンパ浮腫は、象皮症を呈していても鎮痛剤を必要とする様な痛みは生じないとされています。二次性組織変性を伴う数か月・数年以上の慢性リンパ浮腫は、全般的な組織の体積増加を生じるがそれ程強い圧痛は起こらないことが普通です。しかし、急激なむくみの場合には組織に対する急激な圧迫と緊張の発生により、即座に相当な苦痛が生じることがあります。
痛みのあるリンパ浮腫の原因は「バクテリアの感染による炎症」、「排液リンパ路へ急速に転移した腫瘍による圧迫や、腫瘍細胞によるリンパ管閉塞により生じた悪性リンパ浮腫」、「局在性放射線性叢障害」「絞扼を引き起こす人工的リンパ浮腫」が考えられます。



浮腫の病態2
 
悪性リンパ浮腫はリンパ排液の障害または閉塞・ブロックをもたらす悪性の経過をとる状態を指し、腫瘍の直接的な濾過やリンパ節への転移及び腫瘍細胞によるリンパ路の妨害がその原因と考えられるものです。これは複合的理学療法の禁忌症に分類されるので急激な浮腫の変化には特に注意が必要とされます。前記の病態と同様に、 Földiの「リンパ学」「 Lehrbuch der LymphologieD)」に詳細が記載されています。
ここでも悪性リンパ浮腫が疑われる経過として Pritschowによれば、
○数日または数週間以内の急激に発症した浮腫
○鎮痛剤が必要なほどの痛み
○以前からあったリンパ浮腫の急激な悪化
○複合的理学療法での当該肢の減量の停滞(治療に対する抵抗性の出現)
が挙げられています。
更に、具体的な臨床的所見として
○中枢側に強調された「 zentrale Betonung(D)」浮腫、近位強調・遠位方向へ漸減
○反射消失や麻痺「 PareseDparesisB/ ParalyseD)( B)」を併発
○肩峰と頭部距離「 Hals-Akromion-Abstand D)」の短縮が進む
○鈍く、突き刺す痛みがある(耐え難い「 unerträ glichD)」痛み)
○静脈側副循環が見られる「 kollateralvenen(D)
○ガラス・蝋の様な光沢のある「 glänzend(D)」緊張性の浮腫
○目視でき、触診できるリンパ節が出現している
○肩関節可動性及び股関節可動性障害が悪化する
○創傷治癒の遅延または悪化
○以前からの浮腫の急激な悪化
○複合的理学療法でのサイズダウン効果の停滞
を挙げています。
Földiが示した良性と悪性の経過の相違も、同一の内容です。
複合的理学療法の際にはこれらの変化に常に注意し、悪性の兆候が見られた場合には直ちに医師に報告する必要があります。
 
連鎖球菌感染症(丹毒感染「 Erysipel(D)/ erysipelas(B)」)
リンパ浮腫が長期間継続している場合に比較的多く発症するものとしては、蜂窩織炎といわれる連鎖球菌感染症があります。典型的な形態として、全く健康的な状況から突然に起こり、急激な発熱、悪寒戦慄、嘔吐、極度の倦怠感、皮膚の発赤(斑状)が挙げられます。場合によっては嘔吐・下痢を伴います。時に、数週間単位で繰り返し発症することもあります。
複合的理学療法は禁忌ですので、医師による抗生物質の投与といった投薬療法と安静・冷却が不可欠です。
開放性の創傷だけでなく、患者の体の抵抗力の減少や衰弱が誘因とも考えられるので、患者の健康管理も重要な要素と言えます。



浮腫と合併症
 
リンパ浮腫の治療の妨げとなる様々な合併症「komplikationen(D), complications(B)」があります。臨床の際に見られる症状とその対処をPritschowの記述から紹介します。
 
手術痕、創傷治癒の痕、火傷の痕などの瘢痕「 Narbe(D), scar(B)」は治療の際の障害になることがあります。リンパの排液方向と平行で薄く柔軟性のある瘢痕は、リンパ管同士の吻合を妨げにくいため治療の障害になることは少ないといえます。反対に排液方向に横断的で肥厚した瘢痕は、排液の障害となる可能性が高いため治療にとって不都合なものです。
リンパドレナージュを行う際には瘢痕の中を行わずに、瘢痕から離れた場所を施術するか、瘢痕の周囲を迂回して施術することを原則とします。リンパ管と静脈の吻合術の際の瘢痕についても同様と言えます。
 
リンパうっ滞性過角質化症「 Hyperkeratosis(B)」は、浮腫の領域内の趾や関節部などに皮膚の硬結または瘤の形成を伴う角質化が発生することがあります。これを防ぐためにサリチル酸「 salicylate(D)(B)」軟膏などを塗布するなどの対処が必要とされています。
 
水虫はリンパ浮腫の患者には多く見られ、これは浮腫罹患領域で局所的に免疫性低下するためと考えられています。掻痒感、白い剥離片、趾間の湿気(浸軟「 Mazeration(D), maceration(B)」)、皮膚の剥離などに常に注意を払っておく必要があります。水虫は複合的理学療法の相対的禁忌に当たります。最初に医師による治療をしたのちに療法は行われます。その疑いがある場合は医師に報告をする必要があります。
 
リンパ瘻孔・リンパ嚢胞・リンパ瘤がある場合、それが開放性である場合、破裂した場合には感染症を引き起こすことがあるので、消毒と滅菌圧迫など医師による処置を必要とします。リンパドレナージュは慎重に行います。うっ滞が軽減すれば嚢胞や瘤は解消に向かいます。
 
側副静脈「kollateralvenen(D), collateral veins(B)」は静脈血の排液障害がある証拠であり、静脈血栓症や癌組織が静脈内または外から静脈を圧迫している場合、放射線性線維症が静脈を外から圧迫している場合などが考えられます。そのため必ず医師に報告をする必要があります。わずかな圧で慎重にドレナージュを行うことが可能な場合もあります。