複合的理学療法

リンパ性負荷


リンパ性負荷の増加
 
浮腫治療の臨床で問題視されるのは拡散ではなく、一定時間あたりに正味の限外濾過量が増加することです。正味の限外濾過量はリンパ系によって排出されなければならないリンパ性負荷であるので、この病的な変化がポイントになります。
これは実質限外濾過圧の上昇(毛細血管圧の上昇または間質圧の下降)、または実質再吸収圧の下降(毛細血管コロイド浸透圧の下降または間質コロイド浸透圧の上昇)、もしくはその両方が関係しています。
Földiは「実質限外濾過圧の上昇は、具体的には静脈血のうっ滞(受動的充血)、急性炎症、泥パック・強いマッサージ手技などの体を温めることで生じる能動的充血のような毛細血管圧の上昇、衰弱や急性炎症での間質圧の下降で生じる」としています。能動的充血による毛細血管圧の上昇は濾過工程の延長とそれによる再吸収工程の短縮をもたらし、結果として液体の間質への流出(濾過)の増加となります。静脈の再吸収工程の短縮はリンパ性負荷の増加を意味し、負荷排出のためリンパ管活動の増加を必要とすることになります。受動的充血は逆に静脈血の排出阻害により毛細血管領域に逆流や停滞が発生することで毛細血管圧が上昇する現象です。これには心臓(右半分)の不全、静脈血栓または単に運動しない状態での長時間の起立が考えられます。更に「腎臓疾患による尿経由や腸症による便経由の蛋白質喪失といった血漿蛋白欠乏「 hypoproteinemiaL/D)」による毛細血管コロイド浸透圧の下降」も挙げており、 Pritschowは「漿液の蛋白質含有量の変化がコロイド浸透圧の低下による濾過工程の延長に伴う組織内への液体流出の増強をもたらす」としています。同様に肝臓疾患などでの血漿タンパク生成不足なども原因となり、間質コロイド浸透圧の上昇はリンパ管疾患、および急性炎症など血漿蛋白に対する微細管の透過性上昇を原因としています。
このように間質に正味の限外濾過の増加である浮腫をもたらす原因は様々にあり、臨床におけるマッサージや圧迫といった治療にとって、毛細血管と間質に起こる変化とそこで行われるやり取りが重要な意味を持ってきます。
実際に行われる手技はこれらリンパ性負荷を増加させる現象を起こさせないことが重要であり、そのために「摩擦をしない」「さすらない」「強く揉みこまない」「温めない」などの諸注意が挙げられています。
同様に、手技で効果を得られない、疾患を悪化させる可能性があるなどの禁忌症の理由にもなっています。
 



蛋白質と輸送機能低下
 
血漿成分の90%は水であり、8%が蛋白体、その他2%がイオン・ブドウ糖・ホルモンなどとされています。血漿に含まれる蛋白質の60%はアルブミンであり、アミノ酸を原料として1日に6~12gが肝臓で作成されています。Földiは「血漿蛋白は生命維持に必要な膨大な数の物質の輸送方法(トランスポーター、Vehikel(D)=担体)として働いている。これらの物質は蛋白と共に血液路から細胞へ移動する。」と述べています。
また、アルブミンには膠質浸透圧を調節し血管内に水分を保持する役割もあり、アルブミン量が低下すると水分が間質へ流出してしまうため、循環している血管内の血液量が減少します。「最悪の場合血液循環量減少性ショックにより死に至るケースもある。」とも述べています。
アルブミン量の低下は、肝臓疾患によるアルブミン作成量の減少、腎臓疾患や腸疾患による蛋白流失、栄養障害で発生します。これらの疾患も症状としての浮腫を伴いますが、複合的理学療法では禁忌症に分類されています。
Földiはリンパ節が免疫系におけるフィルターとしての機能だけでなく、非免疫性機能についても「正常な状態では、リンパの水分の大部分はリンパ節の毛細血管で再吸収される。そのため輸入管からもたらされるよりはるかに少ない量のリンパしかリンパ節から出て行かない。また、輸出されるリンパには輸入されたリンパよりも多くの蛋白と血液細胞が含まれている。病的な条件下では、リンパはリンパ節中で超濾過により血漿と混ぜ合わされる。このため輸出される時間リンパ流量は輸入される時間リンパ流量より多くなり、輸出リンパは輸入リンパよりも少量の蛋白と少数の血液細胞しか含まない。これはリンパ節が静脈血鬱滞領域にあるか、血漿蛋白の蛋白濃度が正常値以下(蛋白欠乏)の場合に起こり輸入リンパ管で鬱滞を引き起こす。」として、そのリンパ還流に果たしている役割に特に言及しています。
リンパ浮腫は組織・間質から血液への蛋白質還流がリンパ管系のシステム障害により減少してしまったため、間質に蛋白質と水分が残留していることで浮腫が発生している状態です。つまり、リンパ管系が担っている静脈への蛋白質還流機能(輸送能力)の低下または不全状態での蛋白質過剰な浮腫ですので、低蛋白性の浮腫とは性質を異にします。肝臓でのアルブミン合成、腺によるホルモン分泌などの内因性由来蛋白質と、栄養蛋白、空気中の花粉、軟膏の成分、注射・虫刺されなど外因性由来蛋白質、および組織の生成と分解の際に生じる除去すべき蛋白質は組織・間質からリンパ管経由で排出されることになるのです。



リンパの輸送について
 
「リンパ管  形態・機能・発生 (西村書店刊)」を参考にまとめてみます。
リンパとはリンパ管中を流れる液体で、間質腔ゲル物質内の液体成分や可溶性分子の拡散交換物に由来します。
リンパは起始リンパ管内皮細胞間にある「flap valve」から取り込まれ弁構造を持ったリンパ管分節へ送られます。リンパ管分節から高分子物質が出ていくことはありませんが、水や電解質などの低分子物質は間質腔に出ていくことがあり、いわば濃縮が生じます。
イヌの趾間のリンパ流量の実験では、足底部にバイブレーション刺激を加えるとリンパ流量は飛躍的に増加し、蛋白質濃度は対照の108%、細胞数は対照の200%と有意に増加。この状態は刺激停止後10分程度継続するとしています。
これは組織間隙圧の増加やゾルゲル両成分の絞りだし効果の亢進、微小循環系の充血、細静脈領域の血行動態の変化、および高分子を含めた物質透過性の亢進などの理由が挙げられています。
リンパ輸送には、筋ポンプ・呼吸運動・動脈の拍動・静脈圧・重力の影響という受動的輸送機構とリンパ管分節にある平滑筋の自発性収縮による能動的輸送があります。
自発性収縮頻度は歩調取り部の伸展量・伸展速度・伸展加速度によって制御されています。つまり、リンパ流それ自身がリンパ輸送速度を制御しています。
それ以外にも調節機構があり、体液性調節ではリンパ管平滑筋の内因性緊張変化に影響を与える液性物質である生体内の無機イオン(K⁺、Na⁺、Cl⁻、Ca²⁺、Mg²⁺)やホルモンを含む生理活性物質(セロトニン5HT、PGF2α、ヒスタミン、アセチルコリン)が挙げられています。特にブラジキニンに極めて高い感受性を示し、自発性収縮頻度・振幅を増強し、能動的リンパ輸送を促進するとしています。
神経性調節機序においては内因性緊張は壁内に分布する自律神経によっても調節され、交感神経節後線維の興奮やノルアドレナリン遊離により収縮弛緩反応を行います。
集合リンパ管では収縮期に蛋白質濃度が増加し、拡張期に減少します。これはリンパ管壁を介した水分濾過に関係しています。リンパ節では毛細血管とリンパ管との間の水分移動で濃縮が起こります。毛細リンパ管から集合リンパ管に移動する間に73%の濃度増加があるとしています。
またこれらの濃縮・濾過過程は局所的な浮腫の改善に寄与しているとし、その機序に言及しています。つまり、組織間隙内圧の上昇を伴う浮腫の発生は毛細リンパ管による大量の組織液の搬出を行い、筋原性のリンパ管壁収縮増大をもたらします。次いでリンパ管内圧の上昇のため浮腫組織からのリンパが正常組織を通過する過程で、水分が正常組織へ濾過されます。また、浮腫組織からの低膠質浸透圧であるリンパは、水の引き込み作用(吸引作用)が弱いため、相対的に組織への濾過作用を行うことになります。
このことから、局所に発生した過剰な組織液は、濃縮輸送機構により正常組織へ分散されるとしています。



リンパ節
 
Wittlingerはリンパ節の機能について「①リンパ液の濾過、⓶リンパ液の濃縮、③免疫システムの活性化、④排出できない物質の貯蔵」を挙げています。つまり、リンパ節はリンパ管によって運ばれてきたリンパ中の異物や抗原物質を取り除く濾過装置であり、液性・細胞性免疫応答の場所として機能しています。
リンパ節の形態としては、表面は密性結合組織の被膜を持ち、「被膜直下の辺縁洞(Sinus subcapsularis)と髄洞(Sinus medullaris)およびそれを仲介する中間洞(Sinus intermediaris)から構成されています。リンパ節の数カ所からリンパ節内へ進入する輸入リンパ管と、血管や神経が出入りする「門(Hilus)」にのみ存在する輸出リンパ管があります。髄洞は輸出リンパ管と連絡しています。辺縁洞にはリンパ球・形質細胞・マクロファージ・ベール細胞などが存在しています。髄洞は髄質(Medulla)全体にわたって網状に分布していますが、内壁が被膜でおおわれているためマクロファージは洞内皮の壁を通過できないようになっています。また、皮質(Cortex)深層にはリンパ迷路がありリンパ球が詰まっています。目下のところリンパ節において抗体産生応答が行われる部位は、辺縁洞直下の小節間域ないしはリンパ小節直下と考えられています。
また「リンパ節は一塊または連鎖して血管に沿って存在しているため、隣在するこれらの血管に因んで命名されていることからその名称がリンパ節の位置や状況を表している」(Földi)とされます。更に「大部分のリンパ節は脂肪組織の深部に存在しているので、通常ではそれが触知されることは少ない」「例外的に痩身のアスリートの鼠経リンパ節が触れることがある」「触知できるリンパ節の腫大は所属領域の炎症過程の場合のことが多いが、悪性疾患の兆候の可能性があるため注意が必要である」とし、臨床上の注意を述べています。
「輸出管の口径の総計は輸入管の口径の総計よりも少ないため、リンパ液の濃縮がリンパ節で行われている」とも述べてもいます。
 



リンパ系の不全
 
浮腫はリンパ系の輸送能力とリンパ性負荷の量的関係で説明されます。
この時に用いられる概念の定義は共通していますが、 Pritschowの説明を例示します。
「リンパ管の活動は、まさにその時に生じているリンパ性負荷の量に合致している。濾過の増大により生じる増加したリンパ性負荷を、リンパ管分節活動を高めることで急速に排除する。」つまり、リンパ管の活動はその時のリンパ性負荷の増大に応じて決定され、それを排出しているということです。
「リンパ管系がその活動に際して、持っている一定時間当たりの輸送力の最大値を輸送能力と呼ぶ。通常の生理的条件下では、この輸送能力は生じるリンパ性負荷を遥かに凌駕する。かくして生体は間質中の液体性負荷に対する大きな保障(代償)的な予備(機能)を備える。この予備を機能的予備という。通常では、この予備がリンパ負荷の全体的な増加より大きいので浮腫の発生を防ぐためには充分である。」として、機能的予備を持った輸送能力は常にリンパ性負荷量を上回っているので浮腫は発生しないのです。これは安全弁機能とも呼ばれ、リンパ管がリンパ性負荷の増加に対し時間リンパ流量の増加で対応していくことです。続けて「だから、乳がん治療での手術または放射線治療がもたらす輸送能力の阻害が、必ずしも続発性上肢リンパ浮腫につながらないのである。輸送能力が通常のリンパ性負荷量を下回り、それによって機能的予備が完全に払底した場合にリンパ浮腫が発生する。」としています。
定義づけすると、
「輸送能力:リンパ管が最大限に能力を発揮した時、一定時間に輸送できるリンパ液の量
リンパ性負荷:既述の通り、リンパ系が輸送することを義務付けられている「 pflichigenD)、 obrigatory (B)」全ての物質
時間リンパ流量:間質の液性負荷に応じて一定時間に輸送されるリンパ液(負荷)の量
機能的予備:輸送能力と時間リンパ流量の差」
となります。
浮腫発生時の輸送能力とリンパ性負荷の関係性を Földiの分類に従って提示します。
1、力学的不全(高量不全)Dynamische Insufizienz(Hochvolumeninsuffizienz)(D), High-volume insufficiency(B)) 」:「これは時間当たりに生成される実質限外濾過の量、つまり蛋白質を含んだリンパ性水分負荷が、解剖的・機能的には健全であるリンパ管系の輸送能力を上回ることから起こる。そのため組織中に液体をうっ滞させ、細胞外浮腫を生じさせる。」
リンパ性負荷量が輸送能力(機能的予備も含む)を上回るほど増大する病的な状態の場合です。間質の液体をリンパ液として取り込むことにも、リンパ管がリンパ液を輸送することにも限界があるのです。
Wittlingerは「腎性疾患・飢餓・滲出性腸疾患・静脈肥大症・心臓性浮腫」を挙げています。
2、機械低不全(低量不全)Mechanische Insufizienz(Niedrigvolumeninsuffizienz)(D), Low-volume insufficiency(B)」:「リンパ管やリンパ節の疾患により輸送能力が正常なリンパ系負荷輸送の水準以下に下降する」ケースでは、これがリンパ浮腫です。「これは蛋白過多の細胞外浮腫の始まりであり、適切な処置を施さないと重大な組織損傷をもたらす。リンパ浮腫は複合理学療法( CDP)の主たる適応症で、用手的リンパドレナージ( MLD)は完全にその一部分である。一次性リンパ浮腫と二次性リンパ浮腫があり、一次性リンパ浮腫はリンパ管やリンパ節の発達障害である。二次性リンパ浮腫は、悪性腫瘍・炎症過程・損傷・手術・照射などのリンパ管やリンパ節の障害によって発生する」としています。 Wittlingerではこの不全形態を「静リンパ的浮腫」とも呼んでいます。 Pritschowはこの不全形態を「手術・外傷・炎症などによりリンパ管システムが損傷を受けている場合を器質性不全」と、「リンパ管の機能、つまりリンパ管分節の筋肉と弁機能の一方または両方が障害されている機能性不全と」にも分類しています。「この状態は薬剤・ニコチン、ブラディキニンやセロトニンのような炎症介在物質によるリンパ管の麻痺の場合や、そこから引き起こされるリンパ管の弁閉鎖不全を伴うリンパ管の拡張(膨張)の場合に見られる。」としています。
3、安全弁不全(混合形態)「Sicherheitsventil-Insuffizienz (Kombinationsform)(D), safety valve insufficiency (Exhaustion of functional reserve)(B)」:リンパ管の輸送能力の低下と同時にリンパ性負荷が増加する場合。リンパ管系の長期にわたる高量不全でリンパ管分節が全力で継続的に活動すると、リンパ管内の圧力は高くなり、リンパ管過緊張となる。この負荷が長期にわたると輸送管の壁と弁は緊張に耐えられなくなる。リンパ管はこの圧力の下で拡張し、弁不全を生じ、弁が正常に閉鎖することなく次第に輸送能力の低下が発生する。」つまり、1と2の複合形態です。
 

 

 


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